今回の研究で新たに開発したユウロピウム(III)錯体は、紫外線を当てると輝度と彩度の高い赤色発光を示します。この発光は、結晶状態の試料を加熱したり、溶液に塩基を加えることで完全に消光します。さらに、加熱後の固体試料に塩酸蒸気を当てたり、溶液を酸性に戻したりすることで、発光のON/OFFを繰り返し切り替えられることがわかりました。
「金属錯体」とは、水やアンモニア、塩化物イオンなどの無機分子・イオン、あるいはカルボン酸などの有機分子が、非共有電子対を使って金属イオンに配位結合した化合物のことです。金属イオンや配位子の種類によって、配位数や立体的な配置が異なるさまざまな構造をとります。金属錯体は有機合成の触媒や抗がん剤、発光材料、センサーなど、幅広い分野での応用が期待されており、今も新しい錯体の合成研究が盛んに行われています。
鈴木先生たちの研究グループでは、温度・圧力・周囲の気体・溶液の酸性度といった外部環境の変化に伴って、発色・発光などの物性が変化する金属錯体の合成と、そのメカニズムの解明に取り組んできました。今回は、特異的な赤色発光を示すユウロピウム(III)イオンに着目し、外部環境に応じて明確に発光のON/OFFを切り替えられる新しいユウロピウム(III)錯体を合成し、その発光および消光のしくみを調べました。
得られた化合物の発光スペクトルを測定すると、固体状態でもアセトニトリル溶液中でも、ユウロピウム(III)イオンに特有の赤色発光を示します。ところが、結晶性固体を加熱するか、溶液に塩基を加えると、この特徴的な発光は消光しました。その後、発光性を失った固体に塩酸蒸気を当てるか、溶液に酸を加えることで、元の発光性が回復することがわかりました。つまり、このユウロピウム(III)錯体を用いると、外場の変化により発光のON/OFFを切り替えることに成功したのです。
この発光応答のメカニズムは、錯体に配位している有機化合物中のN–H部位の水素イオン(H⁺)が、塩基や熱によって(固体の場合はHCl蒸気として)脱離し、脱プロトン化体へと変化する一方で、酸蒸気への暴露や酸の添加により再びプロトン化体へと変化することに基づきます。それに伴って、光を吸収する前(基底状態)と光を吸収した後(励起状態)のエネルギーが変化し、発光のスイッチングが制御されていることがわかりました。
本研究で見出した発光性のスイッチング機構は、次世代のセンサーやセキュリティインクなどの光学材料の開発における分子設計に役立つと考えています。外部刺激に応答して性質が変わる分子を設計・合成する「錯体化学」は、私たちの身の回りの物質の性質を自在にコントロールし、新しい機能材料を生み出す学問です。光や温度、酸性度といった環境の変化に反応する分子に興味がある人は、ぜひ錯体化学の世界を覗いてみてください。