私たちの身の回りには、スマートフォン、パソコン、テレビなど、多くの電子機器があります。これらの機器の中では、 「トランジスタ」 と呼ばれる小さな電子部品が重要な役割を果たしています。トランジスタは電気の流れをコントロールする“スイッチ”のようなもので、現代社会を支える情報技術に欠かせない存在です。 現在、多くの電子機器にはシリコンを使ったトランジスタが利用されています。しかし近年では、 「曲げられる電子機器」 や 「軽くて柔らかいディスプレイ」 など、新しい技術への期待が高まっています。そのため、プラスチックのように柔らかく、低コストで作ることができる 「有機半導体材料」 が注目されています。
私たちの研究では、 「チオフェン」 という硫黄(いおう)を含む分子に注目しています。硫黄原子は通常の炭素原子よりも大きいため、分子同士が近づいたときに 電子の軌道 が重なりやすくなります。その結果、電気を流す電子が分子の間をスムーズに移動できるようになります。これは、人が混雑した道を通るよりも、広く整った道路を移動する方が速く進めることに似ています。 このような特徴を持つ 「硫黄を含む特別な有機分子」 は、 有機電界効果トランジスタ(OFET) という次世代型トランジスタ材料として非常に有望です。有機電界効果トランジスタは、薄くて軽く、折り曲げることもできるため、将来的には折りたたみスマートフォン、ウェアラブル端末、電子ペーパー、さらには医療用センサーなどへの応用が期待されています。
しかし、こうした高性能材料を実際に作り出すことは簡単ではありません。複雑な分子構造を正確に合成するためには、 高度な有機合成技術 が必要になります。私たちは 精密有機合成 を駆使することで、これまで世界でも合成例がなかった新しい フェナセン型含硫黄化合物 の開発に成功しました。 さらに、研究室レベルの少量合成だけではなく、実用化に重要となる 「グラムスケール」 での大量合成にも成功しています。これは、将来的に工業的な製造へつながる大きな成果です。 また、開発した材料を実際にトランジスタへ応用した結果、最大で 「2 cm² V⁻¹ s⁻¹」 という非常に高い 電界効果移動度 を達成しました。これは、現在広く利用されているアモルファスシリコンと同等レベルの性能であり、有機材料としては非常に優れた値です。
この研究は、単に新しい分子を作るだけではなく、 「未来の電子機器を支える新材料」 を生み出す挑戦でもあります。環境に優しく、軽量で柔軟な 次世代エレクトロニクス の実現に向けて、 有機化学と材料科学を融合 した研究を進めています。