光触媒は、光のエネルギーを使って水を水素と酸素に分解できる材料です。太陽光から直接クリーンな水素をつくる技術として、世界的に注目されています。光が当たると電子と正孔が生まれ、それぞれが水素と酸素の発生に関わります。
しかし、実際の材料には結晶欠陥がつきもので、電子や正孔が欠陥に捕まると、水分解に使われる前に失活してしまいます。とくに正孔の振る舞いについては、紫外光で働く酸化チタンなどで確立された「小さなポーラロン」というモデルが広く受け入れられてきました。このモデルでは、正孔は結晶内の酸素に深くトラップされ、周囲の原子を大きく歪ませます。
一方、太陽光に豊富に含まれる可視光を使える新世代の光触媒(酸窒化物や複合酸化物など)では、トラップ正孔がバンド端近傍に独特の鋭い光吸収ピークを示すことが知られており、従来のモデルでは説明できないことが長年の謎でした。
岡山大学の山方啓教授、信州大学のJunie Jhon M. Vequizo特任助教、堂免一成特別栄誉教授らの研究グループは、時間分解過渡吸収分光法を用いて、光照射で生まれた正孔の動きを詳しく追跡しました。
研究では、タンタル酸化物(Ta2O5)を出発点に、段階的に窒素を導入した酸窒化物(TaON、Ta3N5)、さらにペロブスカイト型酸窒化物(CaTaO2N、SrTaO2N、BaTaO2N)へと系統的に調べました。加えて、WO3、BiVO4、Fe2O3 など代表的な可視光応答型複合酸化物の知見も統合することで、正孔トラップの仕組みを明らかにしました。
その結果、光触媒における正孔トラップは、世界で初めて3つのタイプ(Type A/B/C)に分類できることが分かりました。
Type A(紫外光応答型酸化物:TiO2、Ta2O5 など)
酸素イオンの分極性が低いため、正孔が局在すると周囲の格子が大きく歪み、深いトラップ状態が形成されます。これが従来の「小ポーラロン」モデルに対応し、幅広い光吸収として観測されます。
Type B(可視光応答型酸窒化物:TaON、Ta3N5、BaTaO2N など)
窒素イオンは酸素イオンよりも分極性が高く、正孔の正電荷を電子的にやわらげるため、格子歪みが大幅に抑えられます。その結果、正孔はバンド端近傍の浅いトラップ状態にとどまり、鋭い吸収ピークとして観測されます。
Type C(可視光応答型複合酸化物:WO3、BiVO4、Fe2O3 など)
金属のd軌道と酸素の2p軌道が強く混成しており、正孔が複数の金属─酸素結合に分散します。この空間的な広がりにより格子歪みが抑えられ、Type Bと同様に浅いトラップ状態が形成されます。
図1. 正孔トラップの統一的メカニズム。紫外光応答型酸化物(A)では、正孔が強く局在して大きな格子歪みを生じ、深いトラップ状態を形成します。その結果、幅広い吸収帯が観測されます。一方、可視光応答型酸窒化物(B)および可視光応答型複合酸化物(C)では、アニオン分極性や軌道混成により格子歪みが抑制され、正孔はバンド端近傍の浅いトラップ状態にとどまります。このため、鋭い吸収ピークが現れます。
今回の重要な発見は、Type B・Type C に共通する浅いトラップ状態では、正孔が深く失活せず、強い酸化力を維持したまま水分解反応に使えることです。CoOₓ助触媒への正孔移動実験でも、反応に有効な正孔であることが確かめられました。
さらに、アニオンの高い分極性や軌道混成によって格子緩和が抑制されるという電子的性質は、材料中に欠陥が存在しても正孔が深いトラップへ落ちにくい「欠陥耐性」をもたらします。つまり、可視光応答型光触媒は、高い活性を保ちながら長く安定して働ける可能性を本質的に備えているのです。
この研究は、高性能な光触媒を設計するための2つの指針を示しました。第一に、分極性の高いアニオンを導入して正孔の電荷を電子的にやわらげ、深いトラップ形成を抑えること。第二に、金属─アニオン間のd-p軌道混成を利用して正孔を空間的に広げ、格子歪みを抑制することです。
これにより、太陽光の大部分を占める可視光を効率的に利用し、長期間安定に動作する光触媒の開発が期待されます。将来的には、太陽光から水素を製造するクリーンエネルギー技術や、脱炭素社会の実現に向けた持続可能なエネルギー変換システムへの貢献が期待されます。
2012年に可視光応答型光触媒のトラップ正孔がバンド端に吸収を与えることを発見して以来、その理由をずっと考えてきました。今回、これまでに測定してきた数多くの材料のデータを比較する中で、トラップ正孔の吸収が3つのパターンに分類できることを見いだし、その起源を統一的に説明できました。さらに、この知見から、可視光応答型光触媒には、欠陥があっても性能が落ちにくい「欠陥耐性」が本質的に備わっていることも分かりました。この発見は、光触媒材料の設計指針を大きく前進させる可能性があります。1日も早い光触媒による水素製造の実用化を期待しています。
— 山方啓教授
本成果は、米国化学会誌『Journal of the American Chemical Society』に2026年3月26日付け(現地時間)でオンライン掲載され、同誌2026年4月22日号のカバーアートにも採用されました。